和傘づくりは、一つひとつの行程が複雑で、それぞれに専門的な職人技が不可欠な工芸品。熟練した数十人の職人の手を経て、数か月をかけて仕上げられます。
神社・仏閣の祭礼はじめ、歌舞伎・舞踊・野点のお茶席、婚礼用の差しかけ傘など、日本の伝統文化に欠かせない和傘は、これからも守らねばならない大切な文化です。
創業百年を迎えた坂井田永吉本店は、3代に渡って、昔ながらの伝統と技術を脈々と受け継ぐ数少ない傘問屋の老舗です。日本国内はもとより、世界にも認められた伝統美は、今もなお変わることなく守りつづけられています。
▲昭和63年2月4日 中日新聞(百年百人掲載) |
▲三代目 坂井田永治 |
▲初代 坂井田永吉 |
和傘づくりは、徹底して細分化された専門職人による分業が最大の特徴です。
『○○屋』と呼ばれる老職人たちの熟練の技によって作られています。
和傘職人の老齢化と職人不足により和傘も手に入りにくい品物になってきました。
真竹を細かく割り、親骨と小骨に削り上げ和傘の骨をつくる。 | |
その骨を染める。「ためかけ」といって竹骨を火であぶりクセをとる。 | |
(ろくろ) エゴノキから、頭轆轤・手元轆轤を二個一組で作る。 (エゴノキを伐り出す木こりがないことから、素材の確保が今後の課題) |
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親骨と小骨を 一本一本組み立てて糸でつなぐ。 (轆轤を柄に取り付ける作業は「繰込み」といい、「繰込屋」の仕事だったが、現在は傘問屋の仕事) |
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骨組が完成した傘骨を炭火で暖めて骨の曲がりを直し、 紙貼り台に広げて全体の形を整え、 軒紙・中置き・平紙の順で紙を貼っていく。 | |
和傘に使われる紙の楮 100%の手漉き和紙を染める。 | |
強靭性と優美さをはかるために、手漉き和紙を羽二重にする。模様を切り抜き当て紙をする。 | |
(傘問屋)油をぬり、うるしで仕上げる。このような最後の仕上げをするのが仕上げ屋の役目だが、「傘問屋」は仕上げ屋を兼ねており、細部にわたり手仕事で仕上げる。(坂井田永吉本店は傘問屋にあたる) |
もともと貴人や高僧へ差し掛けるための傘を大きくした形で、人を傷つけないよう爪を折った(傘を開いた骨の先を内側に湾曲させた)姿が特徴。内側には魔除けを意味する五色の糸でかがられており、糸によって骨のつながりを強化して傘全体を支え、骨の破損など万一の場合に、傘の中にいる人(貴人)を傷つけることを防いでいます。
上端を中心に同心円状の模様(蛇の目)を施した日本独特の傘。元禄(1688‐1704)のころから作られ、中央と周囲は青土佐紙,中間は白紙張りで、おもに僧侶や医師が用いました。享保(1716-36)時代には、京坂地方で渋蛇の目傘が使われました。これは渋にべんがらを混ぜて上下に塗り、中間に白地を残したものです。蛇の目傘は一般的にほっそりとしたカタチから女性に多く使われる傘となっています。